2005.08.08 Mon
散歩の途中で蕎麦屋(池渕 中屋敷)
東京23区トップの農地面積がある練馬区を歩くと、あちこちにキャベツ畑や生産者緑地を多く見かける。
戦前は都心に住む人の別荘地だったという石神井公園周辺では、こうした広大な農地や緑地の持ち主が、いくつかの同じ苗字だと気付く。
江戸時代から続く農家の末裔たちが、いまだに農業を営んでいたり、農地を違った商売に転用したりしているのだが、石神井池(通称:ボート池)の渕にある蕎麦屋「中屋敷」も、地主オーナー店とわかる。
なにしろ新潟の豪雪地帯から、築100年以上の農家を移築し、公園の目の前で開業するという資本力は並ではない。
休日は公園デートや散歩の客で混雑する店は、豪雪地帯から移築しただけあって、鋭角の合掌造りの屋根が目立つ。


店内にある移築の過程を写した連続写真を見ると、運搬と改築に、新築を上回る人手と資本が投下されたようだ。
昭和52年の開業とも書いてあるから、手打ち蕎麦の店としては、当時は画期的だったとも言えそうだ。
戦前は都心に住む人の別荘地だったという石神井公園周辺では、こうした広大な農地や緑地の持ち主が、いくつかの同じ苗字だと気付く。
江戸時代から続く農家の末裔たちが、いまだに農業を営んでいたり、農地を違った商売に転用したりしているのだが、石神井池(通称:ボート池)の渕にある蕎麦屋「中屋敷」も、地主オーナー店とわかる。
なにしろ新潟の豪雪地帯から、築100年以上の農家を移築し、公園の目の前で開業するという資本力は並ではない。
休日は公園デートや散歩の客で混雑する店は、豪雪地帯から移築しただけあって、鋭角の合掌造りの屋根が目立つ。


店内にある移築の過程を写した連続写真を見ると、運搬と改築に、新築を上回る人手と資本が投下されたようだ。
昭和52年の開業とも書いてあるから、手打ち蕎麦の店としては、当時は画期的だったとも言えそうだ。
地元住民と公園を訪れる一見客の両方に対応するため、蕎麦だけではなく、うどんも酒も酒肴もそこそこ揃え、宴会料理も出す店だ。
一階の入り口を入ると、左手に調理場があり、正面の蕎麦打ち場では、石臼が静かに回っている。

靴を脱いでスリッパに履き替え、二階の客席に上がると、踊り場には古い電話機がある。

中央に囲炉裏を囲む席があり、周囲の小上がりには分厚い一枚板の、立派な卓が配置されている。
段違いになった公園側は、宴会も入る大きな座敷だ。

ちょうど昼時で満席状態なので、中央の囲炉裏端に座る。
梁を見せた高い天井の農家を、ほとんど昔のままに使っているので、エアコンやテーブルを照らすスポット照明など無く、囲炉裏の周辺は暗い。
有名銘柄の酒ばかりだが、現物の瓶が置いてあるので飲みたくなる仕掛けだ。

頼んだ手打ちのせいろ蕎麦は550円。
階下の調理場から二階の配膳場まで、エレベーターで上がってくる仕組みだから、手際の悪いオバチャンに当たると、蕎麦が伸びやしないかとハラハラするのだ。
この日は愛想も手際もいいオバチャンに当たり、塗りの蒸篭に盛られた瑞々しい蕎麦を、一気に平らげる。
一見すると少なく見えるが、高く盛られているので量も問題ない。

問題は暗い席なので、料理の色形が良く見えないことなのだ。
「池渕 中屋敷」 練馬区石神井町3-3-17 水曜休
03-3904-1028
喫煙可
一階の入り口を入ると、左手に調理場があり、正面の蕎麦打ち場では、石臼が静かに回っている。

靴を脱いでスリッパに履き替え、二階の客席に上がると、踊り場には古い電話機がある。

中央に囲炉裏を囲む席があり、周囲の小上がりには分厚い一枚板の、立派な卓が配置されている。
段違いになった公園側は、宴会も入る大きな座敷だ。

ちょうど昼時で満席状態なので、中央の囲炉裏端に座る。
梁を見せた高い天井の農家を、ほとんど昔のままに使っているので、エアコンやテーブルを照らすスポット照明など無く、囲炉裏の周辺は暗い。
有名銘柄の酒ばかりだが、現物の瓶が置いてあるので飲みたくなる仕掛けだ。

頼んだ手打ちのせいろ蕎麦は550円。
階下の調理場から二階の配膳場まで、エレベーターで上がってくる仕組みだから、手際の悪いオバチャンに当たると、蕎麦が伸びやしないかとハラハラするのだ。
この日は愛想も手際もいいオバチャンに当たり、塗りの蒸篭に盛られた瑞々しい蕎麦を、一気に平らげる。
一見すると少なく見えるが、高く盛られているので量も問題ない。

問題は暗い席なので、料理の色形が良く見えないことなのだ。
「池渕 中屋敷」 練馬区石神井町3-3-17 水曜休
03-3904-1028
喫煙可
| 石神井公園(蕎麦・うどん) | 19:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑
